白い珊瑚にかこまれた南の海、氷におおわれた南極の海、200℃をこえるあつい水が吹き出る海底火山、1万メートルをこえる深い海など、海には陸上にはないいろいろな環境があります。
生命(いのち)は、37億年前に海で生まれたといわれていますが、陸の生き物の歴史は、まだ数億年しかありません。海には、陸上には上がらなかった生き物の子孫も残っていますし、特別な環境に慣れた生き物もいます。海の生き物はシーフードとして私たちの食卓をにぎわすだけでなく、ヒトの健康を守る薬や生命科学の研究にも役立っています。私たちが未来を豊かに生きるためには、海の生き物の特別な能力や生き物が創り出すものを詳しく調べ、人々の未来と健康に役立てていくことが大切です。これが‘マリンバイオ’です。


 海の中には、顕微鏡を使わないと見えない小さな生き物―微生物―がたくさんいます。微生物は、生き物が作るいろいろなものをこわしたり、作ったりするタンパク質(酵素)を作りだします。たとえば、南極の海から見つかった微生物は、氷の中でも生きていけます。その微生物が作る酵素は冷たい水の中でも汚れを落とすことができるので、洗剤の中に入っています。また、海にも酵母がいます。海の酵母で作ったパンやお酒は、とても良い香りを持っています。そして、微生物は海の掃除屋さんでもあります。微生物の力を借りて石油などで汚れた海をきれいにする挑戦がはじまっています。私たちも役に立つタンパク質を作る海の微生物をたくさん見つけ出しています。
 博多湾から探し出した小さな微生物も顕微鏡を使えばこんな形に見えます。
 海の酵母と海の深いところからとった水で作った焼酎は、やわらかな香りとさわやかな甘味を持っています。


 海にたくさんある茶色の海藻はアルギン酸とよばれる多糖をたくさん持っています。この多糖は、カルシウムイオンがあるとゼリーのようになるので、アイスクリームをふんわりとさせたり、麺に歯ごたえを与えるのに使われています。また、海藻は病気と闘う薬にもなります。私たちは、海藻からとったオリゴ糖がガン細胞を退治することを見つけました。そして、イトマキヒトデから取り出したタンパク質が大腸ガンを見つけるのに役立つこともわかりました。クラゲは海水浴で人を刺すので嫌われていますが、私たちはクラゲから生命科学の研究に役にたつ新しい酵素を見つけ、クラゲも人間にとってたいへん役に立つことがわかりました。
海藻からとったオリゴ糖でガン細胞が退治できます。


 遺伝子って何か、知っていますか。その本体はDNAです。DNAはA,T,G,Cという4つの物質からできています。DNAの並び方は、体の中で大切な働きをするタンパク質の設計図になっています。最近、ヒトやいろいろな生き物のDNAの並び方が分かったので、これからは、それぞれの遺伝子がどのような働きをするのかを調べることができます。私たちは、小さな熱帯魚(ゼブラフィッシュ)をつかっていろいろな遺伝子の役割を調べ始めています。また、魚ではフグの全部の遺伝子が最初にわかりました。それはフグの遺伝子の数が少なく、ヒトの遺伝子とよく似ていたからです。魚でみつけられた遺伝子は、魚のためばかりでなく、ヒトの病気の研究にも役立ちます。

作成者 伊東信  いとうまこと  (農学研究院生物機能科学部門) 
沖野望  おきののぞむ  (農学研究院生物機能科学部門) 
山口邦子 やまぐちくにこ (農学研究院生物機能科学部門)